悪の問題、とりわけ人間悪

悪の問題(problem of evil)または苦の問題(problem of suffering)と呼ばれる、宗教・哲学上の問題がある。

「なぜ世界は苦しみに満ちているのか?」

「なぜ私は苦しまねばならないのか?」

この問題における悪(evil)は一般にざっくり二つに分けられる。

  • 自然悪(natural evil)。台風、地震、疫病、etc
  • 人間悪(human evil)。殺人、裏切り、悪意、etc

現代までの科学において、私たちは自然悪が、多くの範囲において、科学によって説明できる自然現象であることを理解してきた。(台風は風神さまの大暴れではなく巨大な低気圧であった。地震は大地の怒りではなくプレートの運動であった)

今世紀から私たちが直面するのは、人間悪の起源である。われわれはなぜ傷つけあうのか?

これに科学の言葉で切り込んでいくこと。これは今世紀におこる大きいひとつのイベントとなるであろう。しかしこれはおそらくとてもつらいこととなるだろう。

人の悪が遠くから来たのではなく、私たちの脳にあること、それを理解していく作業だからである。悪は外ではなく、内にある。「誰か」の中だけではなく、「私」の中にもある。

おそらく私を含め多くの人たちは、今世紀中から少しずつはっきりと確定されていく、実際の人間というものの至らなさ、未熟さ、愚かさ、そして邪悪さ、に愕然としていくのではないかと思う。

現にある私たち人間の卑小な姿に、目を背けたくなるのではないかと思う。

こうした実態の認定は、私たちの神経系の実際の構造を詳細に確定していく中で、不可避的に行われていく事となるだろう。

それは大抵の人にとって、絶望的に見える事となるだろう(これは人間の善性に対してシニカルな態度を取ってきた/取っている人にとってさえおそらくそうなるだろうと思える*1)。

しかし成長は絶望から始まる。

私たち人間という生物の実際の卑小さ、愚かさについて理解を共有すること、それが僕らがより賢明となりうる唯一の門・入り口だと思える*2

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学問の歴史の中には様々な絶望があった。

熱力学の法則(wikipedia:熱力学の法則)の確立は、ある種の人々の淡い夢を全否定した。つまり永久機関wikipedia:永久機関)の制作は不可能だと告げた。

化学(wikipedia:化学)の確立は、その土台を築いたある種の人々の淡い夢を完全に破壊した。たとえば金を含まない物質から金を作成する錬金術wikipedia:錬金術)は不可能だと告げた。

しかしエネルギー産業も化学産業も、そうした絶望のあとから、はじめて現代につながる本当の発展が始まった。

「何ができないか」が理解されること、これは現象理解の重要な第一歩である。

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*1:2chの鬼女板(既婚女性板)を中心にスレッドタイトルで使われている記号で【胸クソ注意】という警告がある。【グロ注意】などの仲間だが、意味は「読んだら胸クソ悪くなって、嫌な気持ちになるから注意」という意味である。初めてこのタグを見たとき、個人的に面白い表現だなと思ったけど、人間の社会的認知に関する科学的知識もその蓄積が進むば進むほど、知識をまっすぐ伝えようとする場合には どうしても【胸クソ注意】と言うような場面がでてくるだろうと思う。

*2:こうした内容は特に真新しいものというわけじゃない。人間なんて本当にちっぽけなものだ、地表のほこりみたいなもんだ、卑しい存在だ、といったことは、主に宗教領域で昔から繰り返し繰り返し述べられてきている。